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福岡地方裁判所 昭和30年(ワ)571号 判決

原告 石蔵利蔵 外五七名

被告 国

訴訟代理人 今井文雄 外一名

主文

被告は原告等に対し、夫々別紙第三表賃料欄記載の金員及びこれに対する昭和二十九年五月十日以降完済に至るまで日歩二銭七厘の割合による金員を支払わなければならない。

原告等のその余の請求は棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告は原告等に対し、夫々別紙第三表賃料欄及び損害金欄記載の金員を支払わなければならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

一、原告等は昭和二十七年七月二十八日各自被告との間に、別紙第二表土地欄記載の各自の所有地につき、これを日本国に駐留するアメリカ軍隊の用に供する目的で被告に賃貸する旨大要左の如き内容の賃貸借契約を締結した。即ち

(1)  契約期間-昭和二十七年七月二十八日より翌二十八年三月末日(国の会計年度の終期)まで、但し被告が必要とする場合は協議の上更新することができる。

(2)  賃料額-別紙第二表賃料欄記載の通り。(年額)

(3)  賃料支払時期-会計年度の四半期分毎に前払、但し被告が前払しないときは、前払期間に対応する期間経過後、賃貸人より請求を受けて後三十日以内に支払うこと。

(4)  賃料支払遅延の場合の特約-この場合被告は「政府契約の支払遅延防止等に関する法律」所定の損害金を支払うこと、等である。

但し原告等のうち

(イ)  大屋安光は昭和二十三年十二月二十三日、祖父安太郎死亡により本件土地(第二表番号一五)を弟妹三名と共同相続し、自己においてこれを管理していたが、相続登記未済のため自ら右安太郎名義で自己並に弟妹三名のために被告と右契約をなしたもの、

(ロ)  渡辺フクはその次男与三において本件土地(前同一七)につき被告と右契約をなしたが、昭和二十九年六月二十四日同人死亡によりその賃貸人たる地位を相続により承継したもの、

(ハ)  狩野満は昭和二十一年五月十八日、先代勘次郎死亡により家督相続し、本件土地(同一九)を承継取得したが、相続登記未済のため自ら右先代名義で被告と右契約をなしたもの、

(ニ)  武田賢造は同年一月三十日先代仙太郎死亡により家督相続し本件土地(同二五)を承継取得したが、右同様の理由により自ら右先代名義で被告と右契約をなしたもの、

(ホ)  中牟田俊美は昭和二十二年五月二十九日先代俊太郎死亡により兄弟七名と本件土地(同三〇)を共同相続し、自らこれを管理していたが前記(イ)同様に右先代名義で被告と右契約をなしたもの、

(ヘ)  藤野英里は同年一月二十四日先代義夫死亡により家督相続し、本件土地(同四一)を承継取得したが、右(ハ)同様の理由により右先代名義で被告と右契約をなしたもの、

(ト)  藤野兼成は昭和二十一年五月二十一日先代兼夫死亡により家督相続し、本件土地(同四二の一、二、三)を承継取得したが、右同様の理由により四二の一は右兼夫名義、四二の二は祖父兼吉名義、四二の三は曽祖父儀三郎名義で被告と右契約をなしたもの、

(チ)  小西醇一は昭和二十六年五月十日先代卯之吉死亡により本件土地(同四五)を姉二人と共同相続し、自己においてこれを管理していたが、右(イ)同様に右先代名義で被告と右契約をなしたもの、

(リ)  天野道太郎は昭和二十二年二月四日先代光次郎死亡により家督相続し本件土地(同四七)を承継取得したが、右(ハ)同様の理由により右先代名義で被告と右契約をなしたものであつて、契約者の名義は異るが右原告等は賃貸人たる地位を有するものである。

二、而して右賃貸借契約は昭和二十八年四月一日に賃料額等その他同一条件(期間一年)を以て更新せられた。

三、しかるに昭和二十八年度分の右土地賃料については、原告等は第一四半期分につき同年七月一日、第二四半期分につき同年十月一日、第三四半期分につき同二十九年一月一日、第四四半期分につき同年四月一日、夫々被告に対し支払請求したのに拘らず、被告は未だにその支払をしなさい。

四、よつて原告等は被告に対し右賃貸借契約に基き、別紙第三表記載の通りの各自の昭和二十八年度分の土地賃貸料及びこれに対する前記一の(4) の特約による、右各請求をなしてより三十日以後の、各請求金額につき完済に至るまで「政府契約の支払遅延防止等に関する法律」所定の日歩金二銭七厘の率による損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。かように述べ、被告の主張に対し、

五、被告のいう「本件賃料については原告等と旧小作人との間にその分配に関する協定ができるまで支払を留保する旨の合意が原被告間において成立している。」との事実は否認する。

以下本件土地使用に関する経過を述べ被告の主張を反駁すれば、

(1)  原告等主張の、別紙第二表記載の土地(以下「本件各土地」という)が昭和十九年旧陸軍によつて買収されるまですべて小作地であつたことは相違ないが、被告のいう如く軍は右買収に際し小作人に離作料を支払つて地主との土地賃貸借契約を合意解除させ、小作人等は同年十二月中すべて軍より右離作料(反当田は九十円、畑は六十円)を受領したのであるから、ここに右土地に対する小作人等の権利は完全に消滅したものである。

(2)  次に被告は右買収契約及び賃貸借の解除契約が終戦直後に前記三者間で合意解約されたというが、右は事実と相違し、実際は右小作人等と何等の関係もなく、軍と地主間の契約で土地の現状のまま将来に向つて前記買収契約のみが解除されたのである。従つて一旦消滅に帰した前記旧小作人等の権利はこれによつて復活せしめられたものではない。このことは、軍が右解約に当り地主等に対し、右土地を向う十年間旧職業軍人を以て組織する更正会なる団体のため無償貸与方を申入れ、一旦仮契約が成立したが、占領軍当局の不承認により立消えとなつた事実及び被告主張の如く三者契約で原状回復を図るものであるならば、右の離作料について離作期間の補償費を控除した残額を返還せしめるか、又は農地復旧費に充当せしめる等何等かの措置がなきるべきであるに拘らず、軍はかる措置をとらなかつた事実に照しても明白である。もつとも地主側も右解約に当り復旧費名目で買収価格相当額の金員を受領したけれども、右は名目に過ぎず実質は買収により蒙つた地主の損失補償ないし前記更正会の土地借受に対する権利金的な性格を帯びたものであつて、地主に何等原状回復を義務づけるものではなく、しかも右金員はその後戦時補償特別税として殆ど全部回収せられてをり地主は何等の利得もしていないのである。

(3)  次に本件土地の米軍接収より講和発効に至るまでの経過は被告主張の通りであるが、右講和発効に当り締結された本件賃貸借契約は、単に従前の契約が賃料を改訂して更新せられたというものではなく講和発効により従前の契約は消滅し、占領軍に代る駐留軍による使用であること及び占領下という特殊事情のもとに低廉な地代で賃借することが許されたのが講和発効による状勢の変化からもはや許されなくなり、相当の賃料を以て地主の財産権を補償する必要に迫られたこと、等によりその法的根拠、使用目的において従前と全く異つた別個のものとして成立したものである。而して原告等は前記接収以後講和発効までの約七年間、占領軍の飛行場として本件土地を提供し、被告から年々賃料の支払を受けて来たが、この間原告等地主に対しても被告に対しても、旧小作人等より右賃料の分配等の要求がなされたことは一度もなかつたのである。

(4)  次に被告は本件賃貸借契約における賃料算出の基準について縷々陳述するが、原告等は右契約締結に当り被告からかゝる事情の説明を受けたことは全くない。被告は単に「講和発効で賃料が高くなる」旨を説明して契約の締結を申入れたにすぎず、原告等も前記客観状勢の変化、並びに周辺土地の地価、地代の値上りにかんがみ右を相当と考えこれを承諾したものである。

更に被告は農地賃借の新方針として「小作地については原則として地主の承諾を得て小作人から転借し、例外として地主から小作人の同意を得て賃借する」ことになつたというが、右の事実は否認する。被告はすべて駐留軍の用地調達のため土地を賃借する場合には本件賃貸借契約の書式と同様の書式によつているが、右の契約書には

第二条 甲(賃貸人)は本契約期間中第一条の物件にある次の権利について行使又は変更につき

駐留軍の使用を妨げないようにする-権利者住所氏名-権利の種類-、権利の内容-、

第三条 甲は第一条の物件にある次の権利を本契約締結の日に消滅させる。

権利者住所氏名-、権利の種類-、権利の内容-、

第四条 第二条により権利の行使に制限を加えた場合及び同条の権利の全部又は一部が本期間中乙(被告)の責に帰すべき事由により消滅したとき、並びに前条により甲が権利を消滅されたときは、それによつて当該権利者の蒙る損失並びに甲の受けることあるべき損失については甲に補償金を支払う。

甲は当該権利者に支払うべき補償金を受領したときは遅滞なく当該権利者に支払う。

第二十一条 第一条の物件の賃貸が本契約を更新の結果三年以上にわたるとき、又は賃貸借により該物件の形状を変更し、従来用いた用に供することが著しく困難になつたときは、甲は乙に対し当該物件の買取を請求することができる。

第二十七条 甲は本賃貸物件について第二条に掲げる以外の権利者がないことを保証する。

本契約締結後の使用権に関する争については甲の責を以てこれを解決する。

等の条項があり、これらによれば被告の契約する相手方は土地所有者であるのが原則であり、賃貸物件につき所有者が他に設定した権利については所有者の責任においてこれを消滅させ又は制限するものとし、被告は何等これに関与しないこととなつているのである。更に被告主張の如く占領時代から占領軍のため提供している土地についても、接収当時小作地であるものについてはその小作人から転借する取扱方針であるならば、相当長期にわたることが予想せられる本件賃貸借契約の締結に際し本件土地の小作権の有無を調査すべきが当然であるのに、被告は何等右の調査をなした事実がないことに徴すれば、被告のいう前記取扱方針なるものは全く事実に反する主張であるといわなければならない。

(5)  更に被告のいう原告等と旧小作人等との紛争のいきさつは次の通りである。

前記の如く講話発効後本件土地賃料が一躍従前の約十倍に増額になつたことがら、既に小作権は消滅した筈の旧小作人等に対し、或は同人等も右賃料分配の請求権を有する如くこれを使嗾する者あり、或は利権を得んと介入する者もあつて、遂に右小作人等も自らが右賃料請求権を有するが如き暴論を主張するに至り、昭和二十八年二月頃より福岡調達局に対し地主に対する賃料支払の停止並びにその配分運動を開始した。そのため同局担当係官は同年四月末日、昭和二十七年度分の本件土地賃料を一旦原告等の結成する席田耕地整理組合に一括支払いながら、小作人等の圧力に屈し右組合に対し原告等不在地主に対する賃料配分を一時留保されたい旨申入れたが、原告等が難詰の結果右申入れを撤回し、ただその立場上本件土地につき小作権の存しない旨の書面を提出した上で右賃料を受領されたい旨要望したので、原告等もこれを了承し、その旨の書面を同局に提出して賃料を受領した次第である。

しかるに昭和二十八年度分の賃料については、その後旧小作人等の陳情が益々激化したため同局はその勢に押され、その最終履行期である昭和二十九年四月三十日を経過するも遂にこれが支払に応ぜず、原告等が数次にわたり小作人間と協議を重ねる一方、同局に対し本件紛争は地主と旧小作人間の問題であり、契約条項(第二十七条)からしても右当事者間にて解決すべきもので賃借人たる被告側の介入すべき事柄ではない旨を主張し再三賃料支払を請求したにも拘らず、ただ旧小作人等との賃料分配の協定をされたい旨を促し、これが成立まで賃料支払を拒絶する旨の回答をくり返すのみであつた。他面旧小作人等は小作権は前記の如く既に消滅していることを熟知しながら、原告等の提案した一時金による和解案を一蹴し、あくまで永久的に賃料の折半を主張してやまないので、原告等はもはやこれ以上小作人等と折衝の余地なしと考え、昭和二十九年十月頃同局に対し旧小作人等との協定は不能である旨を告げ改めて賃料支払の催告をなしたが、依然としてこれに応じないのでやむを得ず本訴提起に及んだ次第である。

(6)  以上によつて明らかな様に、旧小作人等は本件土地に関し何等権利を有するものでなく、従つて原告等に対する賃料配分の要求は法律上理由がないのみならず、被告は右小作人等の要求の当否に関係なく契約上原告等に対し賃料を支払う義務を負うものである。よつて原告等は本訴提起に至るまで終始その支払を請求し来つたもので、被告主張の如く旧小作人と賃料の配分を協定して後、その支払を受けるなど、被告と合意した事実はない。

六、次に被告の二及び四の主張については、本件は準備手続を経た事件であるところ、右は該準備手続において主張せざる事項を口頭弁論において新たに主張するものであるから不適法として却下せらるべきである。被告は右主張は著しく訴訟を遅滞せしめるものではないと弁明するけれども、右につき何等の疎明がなく、却つて左記理由により著しく訴訟を遅滞せしめることが明かである。

(イ)  先ず二の主張については被告は従前答弁書において「昭和二十八年四月一日本件賃貸借契約は昭和二十七年度と同一条件を以て更新せられた」との原告の主張事実を認めていながら、右陳述を覆して賃料額については「同一条件による更新」がなされなかつたものとしてこれを争うのであるから、右は明かに自白の撤回に当るのであるが右自白の撤回の適否は別として被告の右主張が許されるものとするならば第一に右自白が真実に反し錯誤に基いてなされたものであるか否かの自白撤回の要件の存否につき新たな争点を生じ、当事者双方が主張、立証をなすことになる。第二に右自白撤回の主張の許否は終局判決の理由中において判断を示されるのであるから、原告側は右主張が許された場合を仮定して新たな主張及び立証をしなければならぬことになる。原告等は昭和二十七年度の契約の更新を主張して昭和二十八年度分の賃料を請求するものであるから、右更新について争を生ずれば原告等において更新の事実を立証しなければならない。かくては昭和二十七年度の契約の内容右賃貸借契約の法律上の性質、被告が右(イ)において主張する事項の存否並びに当否、更新の効力を生ぜしむべき事実の存在等につき新たに事実上、法律上の主張及び立証をしなければならぬことになる。第三に原告等は仮定的に右更新が認められない場合を考慮して、本件契約に基く賃料支払の請求に代えて被告に対し不法占有を原因とする損害賠償請求を予備的になす必要に迫られることは本訴の性質上当然であつて、そのためには本件土地及び近隣土地の価格、不法占有の事実等につき新たに主張及び立証を余儀なくされる。

(ロ)  次に四の主張については右主張は本件賃貸借契約の締結に要素の錯誤があつたことを理由に契約の無効を主張するものの如くであるが右主張が許されるものとすれば原告等は先ず被告主張の如き賃料算定方法の錯誤の有無及び仮に錯誤があるとしても右が契約の要素に関するものか否かにつき反証をあげ争わねばならず、次に要素の錯誤があるとしても再抗弁として被告に重大な過失があることを主張、立証しなければならないし更に要素の錯誤により契約が無効である場合を仮定して予備的に不当利得返還の請求をなしその金額につき主張立証をなすことを要する。かくて前二項の主張、立証のためには原告等は新たに事実の調査及び証拠の蒐集のため相当の時日を要するばかりでなく双方の主張立証のため証拠調を中断して準備手続的口頭弁論の段階を経なければならぬであろう。

以上により被告の右主張を新たにとりあげることは著しく訴訟を遅滞せしめることが明かである。

(ハ)  更に被告の右二の主張については、右は前述の如く自白の撤回であるから、原告等は該自白の撤回につき異議を述べる。被告の右自白は真実に反するものでもなく、又錯誤に基くものでもない。被告は昭和二十八年度以降昭和三十年度分までの本件土地の賃料として、三回にわたり原告等を受領者として各々昭和二十七年度の契約による金額を福岡法務局に供託しているのであつて、右によつても契約更新の事実が真実であることは明かである。

尚、仮に被告の右主張が自白の撤回に当らず、直ちに取消しうべきものか、乃至自白の撤回が、その要件を具えて許容されるものとしても、左記に述べるところにより右主張は理由がない。即ち、昭和二十七年度賃貸借契約の期間は昭和二十七年七月二十八日より昭和二十八年三月三十一日までとなつていたが、右期間満了後も被告は本件土地の使用を継続したのに対し、賃貸人たる原告等はこれを知りながら異議を述べたことはなかつた。よつて本件土地については、昭和二十八年四月一日以降、前賃貸借と同一条件を以て更に賃貸借がなされたものと推定せられるからである、(民法第六百十九条第一項)

(ニ)  又被告は前記四の主張において、原告等が旧小作人等の耕作権が消滅していることを主張して約定賃料を請求するのは、契約の無効を主張して契約の履行を求めることに帰着するから本訴請求は許されない、というがその趣旨は了解し難い。原告等は昭和二十八年度分については昭和二十七年度の賃貸借契約が更新せられたこと、即ち契約の有効な存在を主張して被告に対しその契約に基く賃料支払を請求しているのである。原告等が前記五の主張において、本件土地につき旧小作人等の小作権が消滅している旨を述べたのは、被告が「本件賃料については原、被告間において、原告等と旧小作人との間でその配分に関する協定ができるまで支払を留保する旨の合意が成立している」と抗弁し、かかる合意の成立に至つた事情を縷々陳述したので、右抗弁を否認し被告が事情として陳述した事情が事実に反することを明かにするためその間の事情を陳述したまでであつて、右は請求の原因たる事実上法律上の主張ではないのである。

(ホ)  更に被告は錯誤を云々するけれども、右主張は左記の如く実体的にもその理由がない。

先ず、被告の主張(三の(5) )によれば、被告は原告等昭和二十七年度の契約を締結する際、本件土地につき原告等以外に権利者のないことを原告等が主張していることを知りながら、その様な土地として賃料を確定して右契約を締結したものであるから、被告には何等の錯誤もない筈である。又被告は「本件各土地の所有者である原告等は不在地主であつて、被告が右土地を賃借する際旧小作人の小作権が存しなかつたことが事実であるならば、本件土地は補償要綱にいう農地ではない。」と主張するが、補償要綱にはかゝる定はない。しかも板付飛行場敷地のうちいわゆる在村地主の所有地については、占領軍接収の際該土地につき旧小作人の有無に拘らず補償要綱にいわゆる農地としての賃料を支払うこととなつている故に、被告の右主張は結局、本件土地所有者たる原告等は不在地主であるから本件土地は農地ではない、ということに帰する。しかしながら不在地主なる概念は昭和二十一年十月、自作農創設特別措置法が施行されて後に生れたものであつて、本件土地が占領軍により接収せられた昭和二十年十一月現在においてその土地が農地であるか否かにつきこれを適用して区別すること自体その理由がなく又不在地主であつたか否かにより客観的に同一の形状を有し、同一の利用価値ある土地の賃料に甚だしき差別を設けんとするのは憲法第十四条の規定の趣旨に違反するものであつて、土地所有者の承諾なき限り許さるべきものではないが、被告が前記昭和二十七年度の契約を締結した際原告等所有の本件各土地は、既に被告が約定賃料の支払を了している他の板付地区飛行場敷地所有者の土地とその地理的位置、形状、従つてその土地の利用価値において何等異るところはなかつたのであるから、その賃料に差異を生ずべき実質的理由は存しない。而して賃料なるものは賃借物の使用収益の対価として支払われるべきものであり従つて目的物の利用価値によつて定められるものであるから、この点につき錯誤がない限り契約の要素に錯誤があるということはできないのである。

仮に被告主張の如く賃料算定方法につき錯誤があつたとしても被告は前記昭和二十七年度の契約締結の際容易にこれが調査改定をなし得る地位にあつたのであるから、賃料算定の基礎となるべき事情につき錯誤を生じたのは被告の重大な過失に基くものである。よつて被告は右錯誤のあることを以て本件賃貸借契約の無効を主張することはできない。

以上の如く述べ

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁並びに抗弁として次の通り述べた。

一、原告等主張事実のうち

請求原因第一項の事実はすべて認める。

同第二項の更新の事実のうち、賃料額も更新の対象となつて、前年度の賃料額がそのまま新年度の賃料額となつた事実を否認するが、その他の点は認める。

同第三項については、被告が昭和二十八年度分の本件賃借土地賃料を支払つていないことは認めるが原告等がその主張の各日時に賃料支払を請求したとの事実は否認する。

二、本件昭和二十八年度分の賃貸料については未だ原、被告間において協議が調わず、その額は確定されていないから原告等の請求は失当である。

被告は後述の如く原告等所有の土地を終戦直後より賃借し、昭和二十七年七月二十八日以降その契約内容を原告等主張の様な条項に改めたが、その際新たに取交された契約書の第五条によれば、その契約期間は前同日より昭和二十八年三月末日までとされ、但し被告において必要あるときは双方協議の上契約を更新することができる、とされている。しかしながらその実際の契約期間はその期間限りの短期、一時的なものではなく、このことは賃貸土地が日米安全保障条約第三条に基く行政協定実施のため駐留軍に提供する基地として賃借されるものであること、及び板付飛行場の態様施設の建設状況等諸般の事情からみても明かであり、従つてその賃借期間は当事者間においておのずから、駐留軍が必要とする期間とするものと合意されているものである。それ故前記契約条項の趣旨は、昭和二十八年四月以降の賃借料その他の賃借条件については改めて当事者間で協議の上決定する、という(地代据置期間的)意義を有するものといわなければならない。ところが原告等が本訴で請求する昭和二十八年度分の賃貸料については未だ何等の協議も調はず、未定のまゝである。(被告は先に答弁として、原告等の請求原因第二項の事実は認めると述べたが、右は前述の如く本件賃貸借の賃料等は毎年改訂するという約定であつたからかゝる内容の賃貸借契約がそのまゝ更新されたことを認める趣旨であつて、前年度の賃料額がそのまゝ新年度の賃料額となることを認めたものではない。)もつとも原告等は昭和二十八年十月七日附文書で被告に対し同年度分の賃料については少くとも前年改訂の料率を下らぬ額とする様申出たことはあるが、被告においてこれを承諾した事実はない。かえつて原告等は後述の如く、同年度に至り旧小作人等が接収時の小作権の存在を主張して賃料の配分を請求したのに拘らず、あくまで本件各土地が耕作者の存しなかつた土地であると主張するのであるから、この主張通りとすれば被告は同年度分の賃料については、もはや前年度において賃料算出の基準とした後記三の(4) の補償要綱にいわゆる「農地」の賃料額によることはできず、同要綱にいわゆる「通常の土地」としての、より低額の科率によらねばならぬこととなり、原告等と協議の上その様に改めなければならない。よつて被告は右原告の申入れを拒絶し、原告等と旧小作人等との間に賃料配分の協定ができることを条件として、その場合に始めて前年度と同率による賃料を支払うこととしているのである。

この様に原告等の本訴請求は未だ原、被告間で協議の調はない賃料を請求するものであつて失当である。

もつとも被告は昭和三十年九月十九日午前十時の準備手続期日において本件各賃貸借契約が昭和二十八年四月一日に賃料額においても前年度と同一条件をもつて更新せられたことを認めたが、右自白は真実に反し、且つ錯誤に基くのであるから、これを取消す。

三、仮に右の二の主張が許容されないとするも本件係争賃料の支払期については、原告等と本件各土地をかつて耕作していた小作人との間に該賃料の分配に関する協定が成立するまではその支払を留保する旨の合意が昭和二十九年十月頃原、被告間に成立しているのであるものに、原告等は未だ小作人との間に右協定を成立させていないから未だその支払時期は到来していないのである。

かゝる合意の成立するに至つた経緯は次の通りである。即ち

(1)  本件各土地はすべて現に板付飛行場敷地内にあるが、右飛行場は昭和十九年二月、旧日本陸軍によつて地主等から用地買収の上建設されたものであつて、その際軍は買収土地のうち小作地については別途に離作料を支払い、地主と小作人間の土地賃貸借契約を合意解除させたが、本件各土地は何れも当時小作地であつたものを右の如くにして軍が買収したものである。

(2)  ところが今次大戦が終了するや、軍当局係官は右飛行場は不用に帰したとして従前の地主及び小作人等の利益のためすべてを買収前の状態に復元することとし、昭和二十年八月十八日附を以て前記土地買収契約並びに小作人との賃貸借解除契約は関係三者間で合意解約された。その際軍は地主等に対し、未払であつた買収代金相当額を土地復旧費の名目で支払つたが、既に小作人等に支払済の離作料は敢てこれを返戻させなかつた。

(3)  而して右以後もしばらくの間、同飛行場は旧陸軍残存部隊によつて管理されていたが、同年十月七日米軍が進駐するに及び軍事施設としてこれを占拠し、ついで間もなく同軍より正式にその接収指令書が発せられたので、当時占領軍調達業務を所管していた被告の機関たる福岡県知事は、法律関係を調えるため原告等との間に、本件各土地につきこれを占領軍の飛行場用地としての使用に供するため、賃借期間は占領軍が必要とする期間とし、賃貸料は統制法規その他客観的に妥当な標準に従つて被告が公正に算出するところによる等の条項で被告に賃貸する契約を結んだ。その後昭和二十二年十二月、特別調達局福岡支局(後の福岡調達局)が発足するに及び、本件各土地に関する調達の業務は同局が引継がれ、更にその後昭和二十七年四月二十八日講和条約が発効し、占領軍は駐留軍に変つたが、右飛行場は引続き駐留軍に提供されることとなり、その間賃借料に数度の改訂が施され今日に至つたものである。

(4)  ところが右講和発効後、駐留軍に提供される土地の賃借料については次の如く大きな改訂がなされた。即ち、(イ)同年七月四日閣議決定の「駐留軍の用に供する土地等の損失補償等要綱」によつて、被告が農地を右用途に供するため借受ける際の賃借料算定の基準は、従来土地の賃貸価格を基準としこれに所定の倍率を乗じて算出していたのを改め、土地台帳の地目を問わず農耕地、採草地、放牧地等に利用されている土地で、借受により農業経営が不能となる場合は、該土地の農業経営から得られる一切の推定農業収入から推定農業経営費を控除した推定年間農業所得額の八十パーセントの額とすることとし、(ロ)かつその契約の相手方についても、小作地については原則として所有者の同意を得て小作者から転借し、然らざる場合のみ小作者の同意を得て所有者から借受けるように取扱を一定させたが、この取扱は新たに駐留軍に用地を提供する場合に止らず、占領時代から占領軍に提供している土地についても契約の相手方の同意を得てこれを行うものとされている。

この新方針は、従来占領軍に提供するための農地賃貸借の場合の賃借料が純然たる地代であつたのを、名目は賃借料でも今度は借受農地の利用収益者に着目したもの、いわば農地の耕作者に対する生活補償的な実質を構えさせたものであり、小作地については小作者から転借するというのも駐留軍への提供により現実に損失を受ける耕作者に対する損失顛補の趣旨に出たからに外ならない。この新基準によつて板付飛行場地区内の土地賃借料を算定すると、土地の優劣はあるが概して従前の八倍ないし十四倍もの増額となるのである。

(5)  そこで被告(福岡調達局)は右の方針に即応し、もともと板付飛行場用地は終戦直後旧陸軍から一旦旧所有者等に返還され、接収なかりせば当然従前通り農地に復元される土地であつた沿革にかんがみ、これに対し前記補償要綱にいわゆる「農地」並の賃借料を支払うこととし、その前提として昭和二十八年四月十五日原告に対し、本件土地上に接収当時において地主以外の耕作権者があつたか否かを文書で照合した。これに対し原告等は、該土地上には何れも耕作権者は存在しなかつた旨を回答したので、被告は同月三十日に右新基準に基き算定した昭和二十七年度分の賃借料を原告等に支払つたのである。

(6)  ところが同年五月十三日頃、同飛行場地区小作者代表と称する者数名が福岡調達局に対し、同飛行場地区内の農地上には接収当時において多数の小作権者が存在していたから新基準による賃借料は小作人側に支払ないしは配分されたい旨を申入れ、これを端緒として同飛行場内における、かつて小作地であつた農地について、接収等における小作権の存否をめぐり、旧小作人側と地主側とが激しく対立するに至つた。そこで被告(前同局)としては、前記新基準による本件土地の賃借料算定の趣旨や、前記の沿革に照して旧小作人等の立場を考えた上、紛争の関係者が多数でその社会的影響の大きい点にかんがみ、双方に対し両者間で賃貸料の分配に関し示談する様極力勧奨し、紛争地の昭和二十八年度分の賃借料の支払については、地主側に支払えば紛争解決が愈々困難となることを慮り、その支払を右の示談の成立まで留保する措置をとらざるを得なかつた。

(7)  このような被告の勧奨に応じ、地主側と旧小作人側とで屡々右賃料の配分に関し交渉が行われた末、昭和二十九年秋頃に至り原告等を含む土地所有者等は、本問題について結成した板付飛行場土地所有者組合なる任意組合の代表者原告石蔵利蔵を通じ福岡調達局に対し、地主側において旧小作人との間で賃料の配分に関する協定をなした上で昭和二十八年度分以降の賃料を受領することにすると申入れ、こゝに原、被告間において、昭和二十八年度分以降の本件土地の賃料支払時期に関する合意が成立した。即ち右賃料は地主と旧小作人との間の配分に関する協定の成立を条件として支払われることになつたのである。而してその後原告等を除く約三十名の地主等はその旧小作人等との間に右の協定が成立したため、既に被告より昭和二十八年度分以降の賃料が支払われたが、原告等のみ未だその旧小作人等との間に右協定を成立させていないものである。以上の次第であるから被告は原告等に対しては未だ本件賃料を支払う必要はない。

四、又原告等は本件各土地につき旧耕作者等の耕作権が消滅していることを主張するのであるが、かような主張のもとに約定賃料を請求することは、契約の無効を主張して契約の履行を求めることに帰するから、本訴請求は許さるべきではない。何となれば、前述の如く被告が昭和二十七年七月二十八日以降の本件土地賃料を、前記補償要綱に則り該土地を同要綱にいわゆる農地として、その推定年間農業所得の八十パーセントの額と定めた趣旨は、駐留軍に提供されることにより現実に農業経営上の損失を受ける者に対する損失の顛補にあることは既述の通りである。而してかような算定方法によることは契約書において明白にしており、(契約書第十九条参照)前記補償要綱は契約の内容をなすものというべきである。しかるに原告等の主張する事実関係に従えば、本件土地は同要綱にいわゆる農地とはいえず、農地としての賃料算定方法によることはできず、より低額の別途の算定方法によらねばならないから、原告等の請求する本件賃料は契約の内容たる補償要綱の適用を誤つて算出されたものであるということに帰する。

賃貸借契約において賃料算出の方法が表示されている場合には算出方法に錯誤があれば契約に要素の錯誤があるものとして無効であるといわなければならない。してみれば原告等は、契約の無効原因を自ら主張した上該契約の履行を求めるものであつて、かゝる矛盾した主張は到底許さるべきではない。

尚以上の二、四の主張は被告が準備手続において主張しなかつたところの新たな主張であるが、これを採用、審理することにより著しく訴訟を遅滞せしめるものではない。

以上の如く述べた。

〈立証 省略〉

理由

一、原告等が昭和二十七年七月二十八日各自被告との間に本件各土地につき、これを日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊の使用に供するため被告に賃貸する旨、大要原告等主張一の(1) 乃至(4) の如き内容の賃貸借契約を締結したこと、(以下これを便宜、「旧契約」という)右契約がその期間満了の翌日である昭和二十八年四月一日、賃料額を除いては前と同一の条件を以て夫々更新せられたこと、(以下これを「更新契約」という)及び被告が右更新契約についての土地賃料を原告等に支払わないことは当事者間に争がない。

ところで右の更新契約の賃料額の点については、被告は本件最初の口頭弁論期日において、「旧契約は同一の条件で更新せられた」との原告等主張事実を「認める」と述べながら、その後(第三回口頭弁論期日)に至つて「更新契約の賃料については未だ当事者間において協議が調わず、その額は確定していないから支払うことができない。被告は先に旧契約が同一の条件で更新されたとの原告等主張事実を認めると述べたが、右は旧契約そのものが『土地賃料額は毎年両者協議の上改訂する。』という約定つきであつたから、かゝる内容の賃貸借契約がそのまゝ更新されたことを認める趣旨であつて、旧契約所定の賃料額がそのまゝ更新契約の賃料額となることを認めたものではない」。と陳述したのであるがこれに対し原告等は右は被告において先になした自白を取消すものであるとして異議を述べるのでこの点につき案ずるに、

前記旧契約が同一条件で更新されたことを認める旨の被告の陳述はそのまゝ文字通り、旧契約所定の賃貸借期間設定方法、賃料支払方法等のほか賃料額に関する契約条項がそのまゝ更新契約において踏襲されたことを認める趣旨のものと認めるほかはなく、従つてこの原告等主張事実について自白があつたものとみるべく、被告はこの自白を取消すのであるが、原告等がこれに対し異議を述べた以上、右取消にかゝる部分の自白が真実に反し且錯誤に基いてなされたものであることが立証された場合に限りこれを許容し得べきものである。

そこで以下、考察を加えるのに、前記の如く「旧契約の契約条件はそのまゝ踏襲されて更新契約が成立した」ことを認めた被告の自白が賃料額の決定に関する限り真実に反することにつき、証人永淵光次の証言中これに符号する部分があるけれども右はたやすく措信し難いところである(殊に本件原告等以外の、原告等と同一条件で被告と賃貸借契約をした板付飛行場敷地所有者で旧小作人のあつた者の相当数が、既に昭和二十八年度分以降の土地賃料を被告から受取つていることは右証言からも窺われるが、右支払われた賃料の額が前年度のそれとは別に改めて協議の上決定されたという形跡はないこと、及び同じく右証言によつて認められる、被告が本件原告等の更新契約分の賃料として、旧契約所定の賃料と同額の金員を福岡法務局に対し供託をなしていることと対照するとき上記のごとく措信しえないのである。又、成立に争のない甲第十三号証の二によれば、原告等は昭和二十八年十月七日附文書(原告等代表者石蔵利蔵名義)を以て被告に対し、更新契約の賃料額については少くとも旧契約所定の額を下らぬむものとする様申入れたことが認められるが、この点に関する原告石蔵利蔵の本人訊問の結果によると、右は後記の如く旧契約による土地賃料が講和発効に基因した新算定基準の設定によりそれまでの八倍乃至十四倍にも引上げられたものであつたため、更新契約についても右の料率が維持さるべきことを特に念のために通告する趣旨であつたことが認められるので、右申入れのあつた事実を以ても前掲永淵証人の証言を裏づけるに足るものとすることはできず、更に成立に争のない甲第一号証の記載(旧契約の契約書、特にその第五条、第六条、及び第十九条)によるも、旧契約所定の賃料額はその契約期間限りのもので該契約更新の場合は改めて賃料額が算定し直されるものであるとの趣旨は契約条項自体からはこれを認めるに由がなく、同条項第十九条に賃料算出の基準として示された「駐留軍の用に供する土地等の損失補償等要綱」の内容が被告主張の通りであるとしても、該要綱に従えば賃料は年々改めて決定せざるを得ない旨を被告側から個々の原告等に説明してその了解を得たことはこれを認めるに足る証拠がないので、結局前記被告主張の如き特約が原告等主張の契約条件以外に旧契約に存在したとの事実はこれを認めるに由がなく、前記被告の取消にかゝる自白が真実に反したものであることはその立証がないことに帰着するから、被告の右自白の一部取消はその錯誤に出でたか否かを問うまでもなくこれを許容し得ないものとしなければならない。従つて自白の取消を前提とする、被告の二の主張も、その根基を欠き採用することができないのである。

二、次に被告主張の「更新契約分の賃料の支払については原被告間に、原告等と旧小作人との賃料配分に関する協定ができるまでその支払を留保する旨の合意がある」との抗弁事実について案ずるに、被告の全立証によるも原被告間にかゝる合意の成立せる事実はこれを認めることができない。即ち成立に争のない甲第十二号証の一、同第十四乃至第十八号証、乙第九乃至第十一号証、同十三乃至第十五号証、同第十八号証、同第二十一号証原本の存在並にその成立につき争のない甲第十三号証の二に、証人高原保、同斎藤久雄、同永淵光次、同光安弥十郎の各証言及び原告松村半右衛門、同光安仁作、同石蔵利蔵の各本人訊問の結果によれば、本件係争賃料の支払をめぐる紛争の経過については、

本件各土地は何れも現に板付飛行場の敷地に属し、被告は昭和二十年十一月頃米国占領軍によるその接収以来、原告等を含む右敷地所有者等との間に該土地を占領軍の右用途に供するための賃貸借契約を取結んだが、講和発効に伴う新事態と諸情勢の変化に応じ改めて右土地につき駐留軍の用に供するための賃貸借関係を新たに設定し直すことになり、殊に農地である土地の賃料については従来土地の賃貸価格に一定の倍率を乗じたものによつていたのを、閣議決定による「駐留軍の用に供する土地等の損失補償等要綱」によつて当該土地の推定年間農業収益の八十パーセント相当額と改めて一躍従来の八倍乃至十四倍に増額して右の新たな賃貸借契約を締結し、かくして本件原告等の土地についても右同様農地としての賃料率によつて右の新契約が締結されたのであるが、これが即ち原告等が本訴の請求原因において主張したところの前記旧契約そのものにほかならない。

ところが右の如く講和発効に基く契約改訂により本件土地の賃料額がそれまでの八倍乃至十四倍にも増額されるに至るや右土地の従前の小作人等の間に、右賃料については米軍接収当時における実際の耕作権者であつた自己等がその支払乃至は配分を受くべきものであるとの主張が起り、昭和二十八年三月頃から右小作人等は結束して被告の調達事務管掌機関である福岡調達局に対し、右増額にかゝる賃料の地主への支払の停止或は小作人等への配分等を要求する陳情、又は示威等の運動を開始するに至つた。そこで同局側は旧契約分の賃料は支払期限一杯の同年四月末日頃一応これを原告等に対し支払つたけれども、その後右小作人等の主張する本件各土地に対する小作権残存の有無につき種々調査検討の上、一応右小作権は残存しているとの結論を得、しかしこれがために原告等との本件土地賃貸借関係につき改変、調整等の措置に出ることなく、専ら事態の安易、簡便な解決を期する見地から、いわば法的根拠をもたない行政措置として原告等に対し、更新契約分の土地賃料については右小作人等との間で紛争の穏便な解決、差当つては双方の間で右賃料につき然るべき配分に関する協定を成立させた上でその支払を受くべきことを強く要望し、右の協定ができない間は右賃料の支払には応ぜられないとの態度に出で、右賃料の支払期限が過ぎんとする昭和二十九年四月頃からは特に強く右の旨を原告等に対し、再三にわたり書面又は口頭を以て申入れを行つた。これに対し原告等は一応その趣旨に沿うべく数次にわたり旧小作人等と右配分に関する交渉を行つたけれども、配分の率につき双方の主張の差が大きいため容易に右配分に関する協定の成立をみるに至らず、このため福岡調達局側は再三右原告等、小作人等双方を招いて配分率について指示、あつせん等に努めるところがあつたがこれとて実を結ぶに至らず、昭和二十九年九月二十七日同局において開かれたこの三者の最後の会合において、同局側は予算上の都合もありもはや時日の遷延はできないから、同年十月三十日を期限としこれまでに是非右の配分に関する協定を成立させられたく、もしそれができない場合はかかる協定成立を受領条件として係争賃斜の供託手続をとらざるを得ない旨を原告等に通告した。しかしこれに対し原告等(その全員を以て組織する板付飛行場土地所有者組合の代表者として選出された原告石蔵利蔵ほか数名の委員)は、もはや小作人等との協定締結は不可能であるとし、この上は契約に基いて右賃料を自分等地主に支払うべきが当然であり、同局がかゝる供託手続をとるならば随意にされたく、原告等は訴訟提起により右賃料支払を請求するであろう旨を応答して辞去し、右期限に至るも右の協定を成立させなかつたので、同局は更に右期限当日附交書を以て原告等に対し、尚右の協定の成立する見込のある者は同年十一月五日までに留保方を申出られたく、何等の意思表示なき場合は前記供託手続をとる旨の最終的通告をなしたのであるが、原告等はこれに対しても右留保方の申出をなさなかつたためその後遂に右の供託手続がとられるに至つたものであること。

以上の如き事実が認められ、証人永淵光次、同斎藤久雄、同高原保の各証言のうち夫々右認定に反する部分はこれを措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

即ち被告は行政措置として再三にわたり原告等に対し、旧小作人と賃料配分に関する協定を成立させた上でないと賃料支払はできない旨を申入れた事実はあるが、右はあくまで一方的な申入れにすぎず、これに対し原告等が被告主張の如く、その様に旧小作人との協定を成立させた上で賃料を受領することにする旨を被告に申入れたとの事実は何等これを認めるに足る証拠がなく、又右の如き事実関係においては被告の右申入れに対し、原告等において黙示的にこれを承諾したものと認めることもできないから、前記被告主張の如き法的効果をもつ合意が原被告間に成立したとの事実は到底これを認めるに由がなく、右合意成立を前提とする被告の抗弁は、これを採用することができない。

三、更に被告は「原告等は自ら契約の無効原因を主張しながらその契約の履行を求めるものであるから、かゝる請求は許さるべくもない。」というのであるが前示のごとく原告等は本件賃貸借契約の有効であることを前提として、契約の履行として賃料の請求を主張するものであるから、何等その主張に矛盾はないのである。従つて原告等の主張に矛盾ありとする被告の主張は、それが著しく訴訟手続を遅滞せしめるかどうかについての判断を加えるまでもなく、それ自体理由がないこと明白である。

以上の如くで被告の主張はすべて理由がないから、被告は他に本件賃料の支払を拒み得る抗弁事由を主張、立証しない限り、原告等に対し本件賃貸借契約(更新契約)に基く該契約分の賃料の支払義務を免れないものである。

四、而して更に右賃料に対する損害金請求について案ずるに、原告等は別紙第三表損害金欄記載の通りの金員支払を求めその理由として、右賃料についてはその四半期分ごとに、昭和二十八年七月一日、同年十月一日、昭和二十九年一月一日、同年四月一日に夫々被告に対しこれが支払を請求したことを主張するけれども、原告等が右主張日時に夫々右の如き請求をなしたとの事実は原告等の全立証によるもこれを確認するに足る証拠はなく、成立に争のない甲第十六及び第十七号証によれば、原告等が右賃料について昭和二十九年四月二日附書面を以て被告に対しその支払方を催告したこと、及び右書面は遅くとも同月九日には被告に到達したことが認められるのみであるから、被告は本契約条項に基き原告等に対し、右請求を受けてから三十日後である同年五月十日以降は右賃料に対し「政府契約の支払遅延防止等に関する法律」(及び同法第八条一項により大蔵大臣が決定する率、昭和二十四年大蔵省告示第九九一号)による日歩二銭七厘の割合の損害金を支払うべき義務があり、これが支払を求める範囲において原告等の右損害金請求は理由があるが、その余の請求部分は理由がない。

よつて原告等の本訴請求は、各自被告に対し、別紙第三表賃料欄記載の金員及びこれに対する昭和二十九年五月十日以降完済に至るまで日歩二銭七厘の割合による金員の支払を求める範囲において正当であるからこれを認容し、その余の部分は失当として棄却することとし、訴訟費用は民事訴訟法第八十九条、第九十二条により被告の負担と定め、主文の通り判決する。

(裁判官 丹生義孝 藤野英一 和田保)

第一表・第二表・第三表〈省略〉

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